ハード・ボイルド小説の第一人者だった大藪春彦(1935-1996)
ガンマニアでクルマ好きの彼が早稲田大学に在籍中に発表した処女作が
この『野獣死すべし』(昭和33年発表)
江戸川乱歩に絶賛されて、やがて早稲田を中退して執筆活動に入る。
彼が文芸同人誌『青炎』に発表して小説誌『宝石』に転載されてこの世に出た
『野獣死すべし』は鋭利な頭脳と強靭な肉体をもつ青年伊達邦彦が実行する
現金強奪事件を通して、暗いロマンチシズムをたたえながら、
ひとりの人間が実行する反社会的な行為を徹底して冷徹な文体で
描いたこの作品は大きな衝撃をもって迎えられた。
伊達邦彦を主人公とした作品は『野獣死すべし 復讐編』(1960)、
『血の来訪者』(1961)、『野獣は、死なず』(1995)など
その後の作家活動の主軸をなすシリーズとなる。
大藪原作の『野獣死すべし』は角川映画で松田優作主演、村川透演出による
1980年の作品が最も有名だが、最初に映像化されたのは須川栄三監督、仲代達矢による東宝作品が初めてだった。
1974年にも藤岡弘、の主演で『野獣死すべし 復讐のメカニック』が
製作されたが、こちらは『野獣死すべし・復讐編』の映像化。
1997年には廣西眞人監督で木村一八主演でオリジナルビデオ作品として
大映で製作されたが主人公は学生ではなく町工場の工員という設定に
変えられていた。
原作の発表から映画化まで1年ほどしかないので設定は原作に
かなり近いものとなっている。
安保闘争の前年であり世相はかなり暗い。
「ゆがんだ社会への怒り 人間を信じられない苦しみ
自分の未来に予想される暗い影
彼らは理性と常識で それを抑えてるだけで
いつ何どき 殺人という いわばヒロイックな行動に
身を委ねるかは 分かりゃしません」
伊達邦彦が新聞記者遠藤に語る「時代が創造した新しい犯罪者」論で
この内容は主人公自身の主張をセルフ分析されたものでいわば
真犯人自ら語った犯罪の動機である。
飲み屋で警視庁捜査一課の刑事、岡田(瀬良明)とベテラン刑事の
桑島(東野英治郎)と若手刑事の真杉(小泉博)が酒を酌み交わしている。
だが岡田は帰宅途中に車で待ち伏せしていた男に22口径の自動拳銃で
射殺され、拳銃と警察手帳を奪われる。犯人は岡田の死体を乗って来た
シボレーのトランクに入れて人気のないトンネルに車を放置して
違う車に乗り換えてその場を去る。
岡田を殺した男は伊達邦彦(仲代達矢)で関東大学の大学院生だった。
ハードボイルド文学の杉村教授(中村伸郎)の翻訳アルバイトをする傍ら、
論文をアメリカのある財団の主催するコンクールに出して
留学の機会をねらっていた。
もしコンク-ルに入選するとハーバード大学に無償で留学できるからだ。
射撃部に属して、ボクシングジムにも通い同じゼミの女学生
妙子(団令子)というセックスフレンドもいたが同じ女とは三度以上は
関係を持たないというのが伊達の持論であった。
岡田刑事の死体が発見されて、桑島や真杉は犯人の手掛かりを追ったが、
依然物的証拠もない完全犯罪に近い犯行に手を焼いていた。
伊達が岡田を襲って拳銃と警察手帳を奪ったのは国際賭場組織の
マンドリンを襲って自身の留学資金を貯める計画だったからだ。
伊達は賭場組織のボス、チャーリー陳(中村哲)を襲い
ボディガードの三田(佐藤允)を失神させて売上金を奪う。
後日、銀座で三田と同じボディガードの安(西村潔)に出会った伊達は
顔見知りのゲイボーイを連れて車を盗んで逃走するが、三田と安に追われて町はずれの工場跡でゲイボーイを盾に安と三田を射殺する。
伊達は岡田の拳銃をゲイボーイの死体に握らせて車に火を放ち現場から逃走する。
警視庁は岡田殺しはやくざの抗争のもつれと判断してその線で捜査を開始する。
ただ納得いかない真杉は新聞記者の遠藤(滝田裕介)が持ってきた
この事件に対する論文に注目する。
その論文を書いた人物こそが関東大学の大学院生、伊達邦彦だった。
偶然にも真杉は恋人の洋子(白川由美)が勤める洋酒喫茶で花売りの老婆を
金であかして踊らせようとする伊達の行動を目にしたばかりだった。
真杉は「犯罪捜査は科学だ」という捜査一課長の指標を無視して伊達邦彦こそが
真犯人と断定して彼の身辺を洗い始める。
伊達の計画の最終項は自分の通う大学、関東大学の入学金を集まる日の夜に
経理室を襲って入学金を奪うことだった。
病気と貧困のために関東大学を月謝を払えず除籍処分になった
元学生の手塚(武内亨)を仲間に引き込み拳銃で武装して関東大学に忍び込む。
まず伊達は宿直の杉村教授たちがいる研究室にダイナマイトを
投げつけ恩師を爆死させて騒ぎを起こして経理室にいた経理課員や
警備の警察官を皆殺しにして現金二千万を奪う。
その帰りに手塚にも睡眠薬を盛って車ごと海に落下させて共犯者も消してしまう。
まんまと自分のアパートに戻って来た伊達は杉村教授からの速達を
郵便受けで見つける。
それは財団の主催するコンクールに伊達が入選して奨学金が
貰えてハーバードへ留学できるという朗報だった。
もっとこれを早く知ってればと二千万入りの鞄を持って苦笑いする伊達邦彦。
アパートの部屋では妙子がベッドの上で座っていた。
妙子にはアパートの住所は知らせていなかったが・・・。
「ラジオで聞いたわ 爆破されたんでしょ研究室が。あんたがやったのね
わたしはあんんたのそんなケダモノのような残酷なところが好きだったのよ」
「俺もね 君だけには勘付かれると思ってたんだよ」
妙子は伊達の子供を中絶したことを告げる「私だって人殺しなのよ」
そこへ桑島や真杉たちがやって来たのだ。
「今日の七時ごろ 君はどこにいたんだ?」
「どこに居ようと僕の勝手でしょう」
すかさず妙子がアパートで一緒に居たとアリバイを証言してしまう。
真杉たちは伊達の前のアパートの捜査令状しか持ってないのを
伊達に読まれてしまって
引き上げるしかなかった。伊達は二千万入りの鞄を妙子に渡して
「やるよ 使えよ いらなくなったんだ」
羽田空港からパンアメリカン機で伊達邦彦は日本を後にしていた。
真杉は桑島に敗北感をこぼすが
「完全犯罪なんて成立せんよ。証拠が出たら電話一つであいつは捕まるんだ……
野獣に待ち構えているのは死刑台さ」
桑島や真杉たちは羽田に来ていた妙子の姿を見つけ後を追うのだった。
この大藪春彦の小説のタイトルは、ニコラス・ブレイクが発表した
復讐譚の小説をもとに付けられた。
そちらはクロード・シャブロルによってフランスで映画化されている。
実は映画は主人公がまんまと海外へ逃亡するシーンで終わっていたが
当時の映倫がクレームをつけて、東野英次郎の桑島刑事の台詞と
二千万入りの鞄を持った妙子の姿を追うラストが付加されている。
コルト・ハンツマン(22口径)が使われていたが
撮影当時はそんな競技ピストルのモデルガンもステージガンもなくて
スミス&ウエッソン型の自動拳銃のステージガンが使われていた。
三田(佐藤允)が持っていて伊達が奪って手塚が関東大学で発砲する
拳銃はドイツのモーゼルHSC。拳銃を奪われた三田が次に使うのは
スターム・ルガーとおぼしき小口径銃。
また三田と組んで伊達を狙う殺し屋に扮しているのは
加山雄三と組んで『豹は走った』などで東宝ハードボイルドの何本か監督している
西村潔監督の若き姿だった(TVでは「探偵物語」「大追跡」や「ハングマン」など)
酒場のシーンではボンドガール、若林映子の新人の頃の姿も見られる。
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東宝映画製作
監督: 須川栄三
製作: 藤本真澄
金子正且
原作: 大藪春彦
「野獣死すべし」
脚本: 白坂依志夫
撮影: 小泉福造
美術: 浜上兵衛
編集: 兼子玲子
音楽: 黛敏郎
仲代達矢
小泉博
団令子
白川由美
佐藤允
三好栄子
横山道代
清水一郎
白坂依志夫
中村伸郎
東野英治郎
滝田裕介
武内亨
加藤春哉
桐野洋雄
瀬良明
中村哲
田武謙三
谷晃
佐田豊
若林映子
千葉一郎
モノクロ(キヌタ・ラボラトリー)
東宝スコープ(2.35:1)
パースペクタ立体音響
99分
1959年6月9日公開
1959(C)東宝/TOHO CO.LTD.